ヒロ様に人生を救われた話
春から夏へ季節が移り変わろうとしている頃、私は絶望の淵にいた。
それをヒロ様に救ってもらった。その話を聞いてほしい。
大好きな彼――スズキくん(仮名)は赤いマフラー(比喩表現)をしていた。
スズキくんは非常にシャープな外見をしていて、それはもちろんチャームポイントなのだが、場合によっては冷たい印象を与えてしまうかもしれなかった。
そんな雰囲気をやわらげているのは、彼がいつもしている赤いマフラー。本当は誰よりも優しいスズキくんにとてもよく似合っていた。数年前、私は彼に恋をし、彼のいる世界へ飛び込んだ。
ある春の日、スズキくんがマフラーを青いものに替えると言ってきた。
あまりにも突然で、頭も感情もついていかず「どうして、青が好きだから? 春だから? 春だからマフラー替えるってんならもう外せ」と泣き喚いた。春にマフラーを替える意味が分からない。理不尽だと思った。
事情を訊くと、今まで使っていたマフラーが生産終了になったため、新しいマフラーを買いなおすことにしたという話だった。それがたまたま青い色だったのだ。誰かに「青の方が似合うよ」などと唆されたわけではなく、赤が品切れだったのだ。
誰も悪くない。春だから生産を終えた赤いマフラーも、春なのに供給を続けてくれる青いマフラーも、そしてマフラーを赤から青へ買い換えたスズキくんも、誰も悪くないのだが、やっぱり春にマフラーを替えることには納得できなかった。
そんなにもマフラーが必要なのか? 次の冬までマフラーなしで過ごしていても支障はないんじゃないのか? この思いを誰にぶつけたらいいのか分からないまま、スズキくんはマフラーを買い替える準備を始めた。
ここで気が付いた。私は、スズキくんのことが好きなのではない。“赤いマフラーをしたスズキくん” が好きなのだ。
赤いマフラーを外したスズキくんは、あくまでも “赤いマフラーのスズキくん” がマフラーを外した状態であり、実際にマフラーをしていなくてもスズキくんのマフラーが赤であることは明らかなのだが、マフラーの色を赤から青へ替えたスズキくんは、“青いマフラーのスズキくん” に変わってしまうのだ。
私はスズキくん “だけ” を愛することができない。これがとにかくつらかった。
青いマフラーをしたスズキくんを前にして、スズキくんに関わる全てを嫌いになってしまう恐怖でがんじがらめになっていた。
でも、スズキくんのことを綺麗さっぱり忘れる覚悟がきめられない。恋人と別れたときに思い出の品を全て処分する人はこういう気持ちだったのか……と泣きながら “赤いマフラーをしたスズキくん” のグッズをクローゼットの奥へ仕舞い込んだ。
マフラーの色が変わったくらいで愛せなくなるのは愛が足りない証拠。
そもそもこんな中途半端な気持ちで今までやってきたことが恥ずかしい。
私には人を愛する資格なんてないんだ。
そう思っていた。毎日が暗闇だった。
そんな私に転機が訪れる。
そう、キンプラに連れて行ってもらったのである。
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当時の私のエリートステータスといえば、キンプリは劇場で3回履修済み(うち2回応援上映、片方は有楽町オバレイベのライビュ)くらいで、てんでニワカだった。
キンプラ鑑賞はひとつの賭けだった。
というのも、前作を初めて観たとき、速水ヒロには黄色いマフラーが似合うんじゃないかと思っていたからである。でも速水ヒロは青いマフラーをしていて、黄色いマフラーは神浜コウジがしていた。マフラーの色の解釈違いがここでも起こってしまうおそれがあった。
しかし、いざキンプラを観はじめてみると、鑑賞前の己の浅はかさを殴りたくなるくらいの衝撃が走った。
速水ヒロは本当に青いマフラーが似合う絶対アイドルだったのだ。ぴったりだ。まるで彼のために編まれたかのような青いマフラー。彼がウインクをすれば青いマフラー。渡米すれば青いマフラー。泣きながらダウンタウンを歩くときも青いマフラー。港町で激励を受け、浜辺を走り、思い出の味に涙を流しても青いマフラーである。
尻とはちみつに導かれるかのように、一筋の涙が頬を伝った。
序盤(というか前作のED後パート)、取り上げられてしまった最愛の歌、pride。
彼の、prideに対するまっすぐな想いと情熱が伝わってくる。prideと赤いマフラーが重なっていく。
分かる。分かりますヒロ様。
prideが好きなんだよね……!!
私もマフラーは暖色が好きで、特に赤が好きなんだよ……!!!!
そして地球の色が変わる。今まで青だと思っていたそれは、黄色――しあわせの色へと姿を変える。
いや違う。地球は最初から黄色かった。そう、黄色かったんですよ。
サンダーストームセッションの会場にいたチャンネー達と同じように、美しいヴィオラの旋律に心洗われ気付けば劇場でひとり涙していた。
おめでとう。おめでとうヒロ様。
地球が黄色いなら、マフラーが赤くたっていいじゃないか。
太陽系の新たな平和と秩序を創るために、銀河をブレイクしたっていいんだ。近代化が進み民主主義へ舵をとったところに、世襲制の絶対王政をぶっこんだっていい。そうだ、何も気にすることはなかったのだ。女神が祝福してくれる。
prideだけがマフラーを合わせ引き裂く。ララバイだ。
何を言ってるのかよく分からないと思うが私もよく分かっていない。それでもなぜか納得させられてしまい、とにかく励まされた。あんなにつらかったスズキくんのマフラー色解釈違い問題に対し、比較的明るいテンションで対峙できるようになった。暗闇がスッと晴れ、スズキくんはともかくサトウくん(仮名)を愛するくらいは許されるだろうとちょっと図々しくなった。サトウくんは黄色いマフラーをしている。
あれもこれもヒロ様とキンプラとprideのおかげだ。ヒロ様がキャッキャウフフとスキップしながら、黄色い薔薇の隙間へ手を差し伸べてくれた。
差し込む一筋の光。ああ、もう一度歩き出せる。
ヒロ様はよく「幸せにしてあげる」と言う。
勉強や仕事でつらいことがあったとき、疲れたとき、ヒロ様のプリズムショーを見れば幸せになれると言うのだ。その通りだ。私がつらかった原因は勉強でも仕事でもないが、幸せになった。
ヒロ様のプリズムショーには、傷ついた心を癒して幸せにする力がある。彼は自分の生まれを恨むことなく、不条理な要求も、己が犯した裏切りも、包み隠さず受け止めて、失ったものを取り戻した。
彼が歌う狂詩曲の傍らには、彼が追い求め続けたprideが ―― オバレの踊る姿があった。
それからというもの、スズキくん絡みでダメージを受けるたびにキンプラを観に行った。全神経を聴覚に集中させて、prideの全てに聞き惚れる。
当然ながら鑑賞比率は応援<<<<<<<<<<<通常である。キンプリの代名詞とも言える応援上映の興奮を味わえず、ただひたすら映画を静かに鑑賞し、ヒロ様のプリズムショーで嗚咽するということになるが、とにかく心の傷を癒してくれる。傷口にpride。これが一番効く。
全てを取り戻したヒロ様は、仲間たちに寄り添われ、さらなる高みへと階段を昇っていく。己の存在こそがプリズムショーであると、王であると宣言するために。青いマフラーを虹色の風にはためかせながら、玉座を目指すのだ。
朕だ。朕のプリズムショーがここにある。あまりにもまばゆい。
ヒロ様は本当に強いひとだった。ヒロ様のその魂の高潔さに、彼の掲げる誇りに、どれだけ救われただろう。ヒロ様のプリズムショーがなかったら、オタクとしての私は死んでいたかもしれない。
もしマフラーの色の解釈違いに悩んでいる人がいたら、あなたにとってのキンプラを諦めないでほしい。赤から青へ変わったことで受けた傷を癒してくれるあなただけのprideが、この黄色い地球にはたくさんあるのだ。
あれから半年以上経ち、先日久しぶりにスズキくんに会った。今までも見かけてはいたのだが、こんなに真正面から対峙したのは本当に久しぶりだった。
スズキくんは涼しげな目元を少し細めて笑う。青いマフラーがとてもよく似合っていた。
※ちなみに、ヒロ様がキングになれたのはヒロ様の努力の結果だと思うが、prideを取り戻せたのはカケルくんの(財+権)力のおかげ100%である。本人の気持ちだけじゃどうにもならないことってあるよね。
※※思い当たる節があってもどうかそっとしておいてください。
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